大判例

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奈良地方裁判所 平成10年(人)1号

主文

一  請求者の請求を棄却する。

二  被拘束者を釈放し、拘束者に引き渡す。

三  手続費用は請求者の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  請求者

1  被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。

2  手続費用は拘束者の負担とする。

二  拘束者

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、離婚後の元夫婦間において、子である被拘束者の親権者を母である請求者と定める旨の離婚訴訟の判決が確定した後、請求者が父である拘束者に対し、人身保護法に基づき子の引渡しを求めている事案である。

二  当裁判所が認定した事実

1  請求者と拘束者は、平成2年5月25日に婚姻し、同人らの間には平成4年○月○日被拘束者が出生した。

平成5年春には第2子の妊娠が判明したが、早期流産となった。

そのころから、夫婦関係は次第に円満を欠くようになり、平成6年6月29日ころ、ささいな夫婦喧嘩(2人で一緒にテレビのクイズ番組を見ていて、請求者が正解を言い当てたことに拘束者が腹を立てた件等)がきっかけとなり、請求者は、同年7月2日、被拘束者を連れて請求者の実家(請求者の肩書住所地)に帰り、拘束者と別居するようになった。なお、請求者は、右別居の際、拘束者に無断で、預貯金通帳のほか、大部分が拘束者の特有財産である株券や拘束者の実印・銀行印、印鑑登録カード、登記済権利証等を持ち出した。なお、持ち出した財産は、登記済権利証の対象である土地建物の時価を除くと、拘束者の試算では約2129万9000円相当で(乙13)、離婚訴訟の第二審判決により、請求者には、購入時140万円相当の請求者名義の株式及び現金900万円が財産分与されている。

拘束者は、同月13日、請求者の実家に行き、請求者が不在であったため、請求者の母の承諾を得て、被拘束者を連れて夕食に出かけ、食事後、拘束者が被拘束者を請求者の実家に送り届けようとしたが、留守であったため、被拘束者を拘束者宅に連れて帰り、当日、請求者に電話で被拘束者をどうしようと問いかけたところ、請求者が「どっちでも」と答えたので、拘束者が育てる旨を述べ、以後、現在に至るまで被拘束者を監護養育している。

2(一)  拘束者は、同年9月1日、請求者との離婚を求める調停を申し立てたが、子の親権者について協議が整わず、平成7年5月15日、右調停は不成立となり、拘束者は、奈良地方裁判所葛城支部に対して、請求者との離婚を求める訴訟を提起し、これに対し、請求者も反訴を提起した。第一審の奈良地方裁判所葛城支部は、平成8年5月28日、被拘束者の親権者を拘束者と定める判決をしたが、第二審の大阪高等裁判所は、平成9年1月31日、原判決を変更して被拘束者の親権者を請求者と定め、最高裁判所は、同年6月30日、拘束者の上告を棄却した。右の第一審、第二審の審理に際し、被拘束者についての親権者としての適格性につき家庭裁判所調査官などの専門家の関与はない。

(二)  請求者は、平成6年12月12日、奈良家庭裁判所に対して、拘束者に被拘束者の引渡しを求める審判及び右審判前の保全処分の各申立てをしたが、平成7年5月18日、右申立てはいずれも却下された。

(三)  請求者は、平成8年6月11日、奈良家庭裁判所葛城支部に対して、子の監護に関する処分(面接交渉)の調停を申し立てたが、拘束者は、請求者が前記持ち出した財産を返還しない限り被拘束者との面接を許さないという態度で面接を拒み、調停は成立に至らず、請求者は、平成9年7月10日、右申立てを取り下げた。

(四)  請求者は、平成10年3月26日、本件申立てに及んだ。

3  拘束者の監護状況及び拘束者側の事情

(一) 拘束者(44歳)は、医師免許取得後11年目の医師で、平成10年2月に、拘束者宅から車で約5分離れたa町bにc医院を開院して同所で診療を行うほか、週1回d病院に勤務している。拘束者は、d病院から月収30万円、c医院から月収100万円超を得ており、年収1000万円は下らない。

拘束者は、別居後、しばらくの間、単身で被拘束者を監護養育したが、平成7年以降は、C(32歳、以下「C」という)と交際する前に交際した女性の協力も受け、勤務時間中は、被拘束者を勤務先に設置された保育所に預け、帰宅後翌日の勤務時間までは、被拘束者の食事等の身の回りの世話をしていた。

(二) 現在、被拘束者及び拘束者は、拘束者宅(拘束者の肩書住所地)を住所地としている。しかし、生活実態としては、拘束者と被拘束者は、平成10年1月ころから、拘束者の肩書住所地から車で15分離れたC宅(橿原市eのCの住所地)において、勤務先の看護婦であるC及びその3人の子供(長女・小学校6年生、長男・小学校5年生、次男・保育所年長組)と一緒に暮らし、被拘束者は、朝に一旦拘束者の肩書住所地に戻り、同所から小学校に通学している。C宅は2階建てアパートの2階で、6畳間3部屋の3DKであり、拘束者宅は約60坪である。

拘束者とCは、平成11年4月ころに婚姻予定であり、そのころまでには、C及びその3人の子供も拘束者宅に引っ越して同居する予定である。

4  請求者側の事情

(一) 請求者は、請求者の実家で両親及び請求者の弟と同居しており、居住する住宅は、土地面積301平方メートル、建築面積180.2平方メートルで、被拘束者のための空き部屋もある。

請求者(32歳)は、モデルクラブに所属し、大学時代から経験のあるファッションモデルをしており、被拘束者代理人の報告書によれば、週に平均して1、2回仕事(展示会やファッションショーのモデル等)があり、月収は20万円程度ということであるが、収入は不安定で、不足分は請求者の父の援助によることになる。

請求者の父(63歳)は、6年前に35年間勤めた会社を退職し、現在、別の会社で勤務をし、年間約1100万円等の収入を得ているが、平成12年3月に退職予定で、その後は、請求者の父の月約50万円の各種年金及び請求者の母(60歳)の月約5万円の国民年金で生活していくことになる。請求者の両親は、被拘束者の養育について、物心両面において協力することを約束している。

(二) 請求者は、前記のとおり被拘束者の親権者を請求者と定める旨の判決が確定した後の平成9年7月10日、子の監護に関する処分(面接交渉)の調停を取り下げ、以後、弁護士を介して拘束者に対し、被拘束者の引渡しを求めたが合意に達することなく、平成10年1月に、請求者の一存で被拘束者の住民登録を移転して、本件申立てに至っている。

5  被拘束者について

(一) 被拘束者(6歳)は、本件申立て直後の平成10年4月にf小学校に入学して、現在小学校1年生である。被拘束者は、学校が終わると学校内の学童保育に預けられ、午後4時以降はCが面倒をみている。

被拘束者は、拘束者及びCによくなつき、Cの3人の子供とも仲良く暮らしており、健康状態は良好で、明るく、元気で、友人にも優しい性格である。

(二) 被拘束者は、拘束者と被拘束者代理人の協力の下で、請求者と面接し、右の面接自体は平穏に行われたが、夏休みの1週間程度を請求者の下で生活することは拒絶し、現在の拘束者との生活及び学校や近隣の友人関係をこのまま維持することを欲している。

6  拘束者は、平成10年4月8日、奈良家庭裁判所に対して、被拘束者の監護者を拘束者に指定することを求める調停を申立てたが、右調停は不成立となり、現在審判に移行している。

三  争点

1  本件拘束の違法性とその顕著性(人身保護法2条、同規則4条本文)

2  本件請求の補充性(人身保護規則4条なだし書)

四  争点に対する各当事者の主張

1  争点1について

(拘束者の主張)

被拘束者は、2歳から6歳までの4年以上にわたって、拘束者の監護下で養育され、平成10年4月から、拘束者方の地域の小学校に入学して学校生活にもなじんでおり、現時点において、同人の就学を含む成育環境に変更を加えるときには、同人の心理的安定に悪影響を及ぼし情緒不安定に陥らせてしまう危険性が極めて大きい。また、拘束者は、<1>被拘束者の監護について、愛情面においても、経済的な面においても何ら欠けるところがないこと、<2>請求者は、離婚訴訟の判決が確定した後、直ちに被拘束者の引渡しを求めることもなく、被拘束者の小学校入学が差し迫った平成10年3月26日に至って、本件申立てをしたものであること、<3>被拘束者が、拘束者の下で生活することに決めた、請求者の下で暮らすことは嫌である旨明確に意思表示していることなどからすれば、被拘束者を拘束者の監護下から請求者の監護下へ移すことは、子の幸福の観点から著しく不当である。

(請求者の主張)

拘束者は、<1>短期間の間に、交際相手の女性を変えており、被拘束者をとりまく女性関係がめまぐるしく変化することは、被拘束者の生育にとっては劣悪な環境であること、<2>拘束者が3人の子供を持つ女性と結婚するということになれば、継母の問題が生じるなど、被拘束者にとっては厳しい環境であること、<3>請求者は、愛情、経済能力、教育環境、住宅事情等あらゆる観点からみても、拘束者に劣っていないことから、被拘束者を請求者に引き渡すことは、明らかに子の幸福に反するとはいえない。

2  争点2について

(請求者の主張)

請求者は、夫婦関係調停申立事件、子の引渡し請求申立事件、子の引渡しを求める審判前の保全処分、面接交渉調停申立事件等、あらゆる法的手続を通じて、子の引渡しに努力してきた。

人身保護手段は、審理の迅速性が法定され、被拘束者の身柄の確保や仮釈放の制度を備え、裁判の効力についても刑罰によって強力に担保されているなどから実効性に優れており、家事審判法上の審判前の仮処分は、人身保護手続に代替しうるほどの迅速かつ効果的な手続であるとはいえない。

(拘束者の主張)

請求者は、離婚訴訟の判決確定後、約9か月を経過した後に、本訴に及んだものであるが、その間に家事審判法上の手続をしていないこと、右経過期間や被拘束者が小学校に入学したばかりであることからすれば、人身保護請求以外の方法によっては、相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白であるとは認められない。

第三疎明関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四当裁判所の判断

一  法律上監護権を有しない者が幼児をその監護の下において拘束している場合に、監護権を有する者が人身保護法に基づいて幼児の引渡しを請求するときは、請求者による監護が親権等に基づくものとして特段の事情のない限り適法であるのに対して、拘束者による監護は権限なしにされているものであるから、被拘束者を監護権者である請求者の監護の下に置くことが拘束者の監護の下に置くことに比べて子の幸福の観点から著しく不当なものでない限り、非監護権者による拘束は権限なしにされていることが顕著である場合(人身保護規則4条)に該当し、監護権者の請求を認容すべきものとするのが相当である。

本件では、請求者は離婚訴訟の第二審において被拘束者の親権者と定められた者であって、その判断は上告審でも維持され、請求者が被拘束者を監護する権利を有する者であることは明らかである。

二  しかし、右第二審の判決が確定した後、請求者の側から格別の申立てがないまま推移し、被拘束者が小学校に入学する直前に本件申立てがされたところ、右第二審の口頭弁論終結時からかなりの時日が経過し、拘束者の被拘束者に対する監護も相当の期間に達していることから、当裁判所は慎重な審理を行うのが相当と考えて現在に至っているものであるが、本件においては、もともと、拘束者による被拘束者の監護は、拘束者による被拘束者の奪取を機縁とするものではなく、前認定のとおり一応平穏にこれが開始したものであることを考慮しないわけにはいかない。

そして、拘束者が平成6年7月13日に被拘束者との交流を求めて面接交渉をし、その後、しばらくの間単身で被拘束者を監護養育したことからすると、拘束者の被拘束者に対する愛情及びその養育に関する負担については相応の評価がなされて然るべきであるところ、一方で、被拘束者である子の立場から見れば、父母の別居後、4年余を拘束者とともに生活して現在の学校生活にもなじんできているのであって、本件申立てを認容した場合、被拘束者は、父母の対立の結果、拘束者のほか、担任の教諭や友人らからも離れて生活することになり、これは、子の幸福の観点からすると、相当ではないことが明らかである。そうすると、本件は、被拘束者を監護権者である請求者の監護の下に置くことが拘束者の監護の下に置くことに比べて著しく不当であるとの域に達しているというべきである。もとより、前認定の事実によれば、請求者は、被拘束者に対する愛情及び監護意欲の点において欠けるところはないと考えられはするものの、人身保護の手続が非常の救済手続であり、かつ、拘束者の子の監護者の指定の審判が係属中であることに鑑みると、右の審判手続において拘束者の申立てが却下された場合に改めて人身保護の申立てをするのは格別、本件においては、拘束者による被拘束者の監護が権限なしにされていることが顕著である場合には該当しないと解するのが相当である。そうすると、本件申立ては棄却を免れない。

第五結論

よって、請求者の請求は理由がないから、人身保護法16条1項により、請求者の請求を棄却して被拘束者を拘束者に引き渡すこととし、手続費用の負担について人身保護法17条、同規則46条、民訴法61条を各適用して、主文のとおり判決する。

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